おやこ美文字通信 

私たちは「なぜ美文字でありたいか」を考える

⒈ 私たちの中にある「美文字」への思い

美文字がブームになって久しいです。

新型コロナウイルスによる自粛生活でも、おうち時間の過ごし方の一つに「美文字練習」を取り上げている方がいました。とても素敵だなと思いました。

みなさんの中にもペン字のテキストに取り組んだり、お子さんと一緒に文字を練習したり、という方がいらっしゃったのではないでしょうか。

このように、ペン字や書道に興味を持っている方はとても多く、お教室にもお母さま方が見学に来てくださいますが、

「私が字を書くのが苦手なので、子どもにはきれいな字を書けるようにしてあげたいんです。」とおっしゃる方もいます。

私もきれいな文字が書けなくて悩んできた経験があるので、小さなうちに美文字を身につけてほしいと心から願う親心にとても共感しています。

また、子どもが「きれいな文字を書けるかどうか」ということを気にされるお母さまも多いです。

雑な字で書かれた日記帳や書き取りノートを見て、書き直しさせたり、注意したりしていると、宿題を見ること自体が苦痛になっているという方もいると察します。

逆に、テストや受験では、先生が読める字を書くことができれば、字は汚くても気にしないという考えもあると思います。

東大生のお子さんには字が汚い子も多い、という話も耳にします。

これは、お子さん自身がきれいな字である必要性を感じていなかったり、頭で思考するスピードに手が追い付いていかなかったりする、という面が理由としてあげられるのではないかと思います。

ただ、どんな時でも読む相手のことを考え、TPOに合わせ整ったきれいな文字を書こうというスタンスは大切です。

このように考えると、字がきれいなことは素晴らしいことなのですが、その一方できれいに書くことを重視しすぎることで私たちを悩ませたり、戸惑わせたりしているという現状も見えてきます。

それでは、そもそもなぜ「美文字」でありたいという思いが、私たちの中にはあるのでしょうか。

(今回のブログは、書道やペン字を本格的に究めたいということではなく、日常生活で一般的に必要とされる美しい文字について個人の見解として考えていきます。)

⒉ 美文字の歴史

美しい手書きの文字は、古くから芸術的な価値が認められて、その美しさが歴史の中で求められてきたという側面があります。

漢字文化圏の中でも、中国と日本などでは書道が発展しました。

そして、書道の発展とともに美しい文字に価値があり、美しい文字に魅力を感じるという文化が培われてきました。実用でもあり芸術でもあった書道というのは、特殊な立ち位置なのかもしれません。

さらに、日本で習う文字は、ひらがな・カタカナが合わせて100字ほど、漢字は小学校で習う学習漢字だけでも1026字もあります。画数も多く、形も様々です。

ところが、欧米の国々ではどうでしょうか。

英語のアルファベットは25文字、ロシア語で使われているキリル文字は33文字というように、あまり多くの文字数はありません。

そして、画数が少なく単純な字形でもあります。筆記具の歴史を見ると、長い間日本では柔らかな毛でできた筆が使われてきたのに比べて、西洋では硬いペンでした。

また、ヨーロッパや中東の国々ではカリグラフィーといわれる字体が主に上流社会で使われ、装飾が施されてきたものもありました。字を美しく見せるためという点では書道と共通していますが、筆とペンとの違いや、より多くの文字を紙に詰め込みながら美しさを求めたという理由から、表現方法は異なっています。その後、印刷技術の発展とともに手書きのカリグラフィーは衰退していきます。

また、タイプライターの使用もあって、文字を練習することにはあまり重きを置いていないそうで、日本の書き取り練習のような徹底したトレーニングはされていないと聞きますし、筆記体で書かれた手紙には、読むことのできないくらい崩れた字もあり、驚いたことがあります。

これらを元に考えると、日本や中国の文字は、柔らかで様々な表現のできる筆で書かれ芸術的な美の要素が加わったと考えられること、さらに文字の種類も多く複雑な字形のために、読みやすく整った文字を書くことが大切にされていた、という背景があったのではないかと考えられます。

そして、海外の方が「日本ほど細部にこだわる国はない」と感じるように、文字一つとっても「ただ書けばよい」のでなく「細部まで美しさ」を求める日本人ならではの国民性もあるのではないでしょうか。

また、海外の国々では「文字も個性」の一つだととらえられていることも、整った字にこだわらない理由だと言えます。

このような文字そのものの価値観については、あまり研究されていない分野のため、あくまで推測になってしまいますが、「美文字」というのは私たちのDNAに根付いた価値観なのかもしれないと感じます。

⒊これからの美文字を考える

そう考えると、美しい文字を求めるのは、日本人ならではの特質だと言えそうです。

ただ、私たちは「美文字」を求めるあまり、「こうあるべき」という思いで字を書いていたところもあるのかもしれません。

「お手本そっくり」に書くだけの練習、「お手本」通りに書くことが目的になってしまい、「お手本」がなくては書くことができない、というのはこれからの美文字のあり方にはそぐわないのかもしれません。

もちろん、書道の基本を学ぶ上で、小さな子ども達が力をつける上で、「型」である「お手本」はとても大切です。お手本は目的ではなく、学ぶための手段としてとらえ、

そして「なぜそう書くのか」ということとセットで教えていくことが大切です。

これまで、たくさんの子ども達と接してきた中で感じたことは、

『ただ書くだけでは上達しない。考えて書くことのできる子が伸びる。』

ということでした。

「お手本」を元にどうやって書くかを考え、それらを自分の文字に生かすことが上達の秘訣だといえます。

美文字は、多くの国にはない、私たちの素晴らしい文化です。そして、文字の原理原則を知ることで、それほど難しくなく美文字は身につきます。

文字の練習というと、昔の書き取り練習のようなイメージがあるかもしれません。もちろん、字を書くトレーニングとして手指を動かすことも重要ですが、それと同時に、特に大人の方にとっては集中して理論から学び直すことで、短期間で美しい文字に近づくことができます。

まずは、くせのない文字から学んで「型」を身につけていっていただけたらと思います。

⒋まとめ~文字も心の時代へ~

最後になりますが、これからはますます「心のあり方が問われる時代」になっていくと思います。

文字を書くことは、心を整えるうえでも大変有効だと言われています。

今後は、心をリラックスさせる「マインドフルネス」に近い感覚で、美文字は生活の一部になってくるのではないかと考えます。

「こうあるべき」という文字の美しさから、

「こうありたい」文字の美しさへ。

時代が変わっても、美しい文字は私たちにとって大切なものであることには変わりないのでしょう。

あなたが美文字に近づくためのお手伝いができたらうれしいです。

オンラインレッスンで体験会を開催しています。お気軽にお問い合わせください。

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